"病床の親子"



「ユアレ〜、ユアレ〜!入学案内もらって来たぞ〜!」
「うるさい。病院では静かに」
「どうだい看護婦さん仕事の調子は。え、まだ研修生だって? ははは」

 彼女の担当になった親子は、騒がしくも愉快な人達だった。

「父は諸事情でアホになってるので、相手にしないでくださいね」
「ひどいなあ、ユアレ。かわいい看護婦さんとお話ができないなんて、ああ!寂しくて死んでしまう!」
「今は看護『師』と言うんですよ、父さん」

 男手ひとつで育てて来たという父親は少々言動がチャラついているが、問題行動までは起こしていない。

「歩行練習ならちゃんとしてます」

 少年は終始敬語で話すが、コミュニケーションには問題ないと判断した。

 食事量が増えないと彼女から相談を受ける。
 無理して食べる必要はないが、あまり頻繁ならと対策方法を一緒に考えた。

 少年は持ち込んだPCで何かを作っているようだった。私には教えてくれなかったが、RPGゲームを自作していると彼女は聞いたらしい。


  ◇


「繰り返す」

 声が聞こえた。ナースセンターからすぐ近く、あの少年が病室を抜け出して廊下を這っていた。

「何処へ行ったって同じだ。ずっと、檻から出られないんだ。最初は神扱い、一晩たったら標的。檻の中で繰り返し繰り返し…」

 対応は彼女に任せた。精神ケアも大事な仕事だ。
 というより、彼の症状は精神面から癒さなければ治らないだろう。担当医の判断も同様だった。


  ◇


「いつか学校へもいけるようになりますからね」
「行きたくありません。あれは獣の檻です」

 彼女と少年が話していたのを、病室で聞いたことがある。
 学校の話はほどほどに、少年が作っているゲームの話に切り替えるようにしたらしい。それからは徐々に心を開いていった。


  ◇


 ある日、少年が病院を抜け出していた。
 非常階段の上で彼女が叫んでいる。

「どんなことがあっても、命を投げ出すのはだめ」

 少年は泣きじゃくりながら、彼女に支えられて降りた。

「繰り返す」

 少年はまたあの言葉を呟いていた。


  ◇


 ケアマネージャーと相談して面談を行うことになった。研修生の彼女と、彼女の教育係である私も立ち会う。

「何処へ行ったって同じだ」

 少年は今も閉塞感に悩まされている様子だった。

「じゃあユアレ、海外いくか」
「は?」

 父親の言葉に、少年が口を開けた。

「何処でも同じならいっそ思いっきり変えてみたらいい。俺にはよくわからんが好きなだけ勉強できるぞ」
「たしかに、転地療法を試してみるのも良いかもしれません」

 相談員は笑顔を浮かべている。

「勝手に決めないでください、そんなお金どこから」
「10億円当てた」
「はぁ!?」

 少年は驚いて立ち上がった。慌てて彼女が支える。
 反射的なものだろうが回復の兆候と捉えてもいいかもしれない。

「で、でも、それは父さんのものだから……」
「俺はお前に、新しい『ゲーム』を作ってもらいたいだけだよ」

 そういって、少年を支える彼女の手をソグフェンは支える。

「つきましては看護婦さん。この子の母になってもらえますか」
「クソ父!」

 少年が叫んで引きはがす。
 コントのような状況に、私も彼女も笑ってしまった。


  ◇


 それから親子は本当に、車椅子を押して海外留学へ行ってしまった。
 この体験が彼女の成長に繋がることを祈る。



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