痛いほど明るい夏の日差し。
 黒い冬着の制服に身を包み、絵美は窓際の座席に座っている。
 駅までの道中で吹き出た汗はすでに乾いていた。
 彼女は文庫本を膝に開いたまま、じっと空中を睨んでいる。

「大丈夫、絵美」

 隣から娘の様子を案じる声が漏れ出た。
 しおりも挟まず彼女は本を閉じる。流行の推理小説は絵美のクラスでも話題になっていた。
 母は絵美の顔を伺っている。絵美よりも母の顔の方が青ざめている。絵美は笑顔を作った。

「乗り物酔いかも。平気よ」
「そう」

 かすかなため息のような声で母は答える。いつも濃い口紅を引いている唇は今日は白く渇いていた。いざ葬儀に参列したことで現実に打ちのめされてしまったのだろう。絵美は思った。
 母は絵美の顔に落ちた前髪を直そうとしかけて、すぐに引いた。膝に置いた骨壺を抱え直す。

 仕方がない。友人のように仲の良い妹が死んだのだ。それも自分の見初めた夫に殺されて。

 事件の詳細は何度も聞いた。時には同情を誘うように、時には醜悪に穿たれて。取材に応じるたび、見て分かるほど母は消耗していった。

 膝にのせていた小説を鞄の奥にしまった。目に届かないよう。
 トリックを仕掛けたのは殺人鬼の恋人。人を殺さなければ生きていけない男。彼を匿う行為そのものに甘美な快感を覚え、陶酔し、狂行に走った女の弁明が始まる。それが最後に開いていたページだった。

「人殺しの恋人なんて、私は嫌よ」

 誰にも聞こえない抑えた声で、絵美は呟いた。