"契約第一の傭兵"



「というわけで、あんたの卒業まで俺が守ることになってる。よろしくな」

 依頼者の子供は思った以上に線の細い少女だった。おまけに持病もある。
 自分が親なら一人暮らしをさせるのも心配だろう。

「ああ、同じ部屋で暮らす訳じゃないんだ。気にしなくていいぜ」

 依頼者は父親の代からの得意先で、顔を合わせたことは無いが気前がいいのを知っている。
 契約もキチンと詰める抜かりのない相手だ。
 そしてそんな父親を持つ彼女は、どうにも抜けた顔をしていた。

「はい。よろしくお願いします」

 会話できるのは偶然を装って顔を合わせた時、それから部屋に一人でいる時だけだ。
 よく言い含めて今回のために用意した携帯番号を登録させておく。

「恋人のフリも提案したんだが、嫁入り前の娘だから駄目だとさ。ま、学生は学生らしく青春しなよ」

 そして案の定、悪い虫が現れた。彼女の隣の部屋の住人。

「俺に言ってくれれば綺麗に消しちまうけど、ほっとくのかい?」
「あの、殺してしまうんですか」
「契約が第一なんでね」

 盗聴器まで仕掛けられて庇うとはどこまでお人よしなんだろうか。

「やめてあげてください」

 彼女に絡む『混じり物』のチンピラも現れた。俺はまた始末しちまうか聞いてみたが、

「あの、そんなに殺したいんですか?」

 別に趣味ってわけじゃない。契約の邪魔になるなら消しちまったほうが早いってだけだ。
 とはいえ彼女の周りで変死が起こるのも契約の妨げになる。俺の地元だったら魔女扱いでリンチにされるからな。

「できれば、なにもしないであげてください」

 お姫様の要望に俺は頷く。


  ◇


 ある日彼女が泣いて帰ってきた。教員からこっぴどく虐められたせいだった。
 俺はしばらく愚痴相手になってやった。サービスの一環だ。

「そいつを俺に言うってことは……」
「違います」

 彼女は否定する。

「本当に殺したいと思ってないのか?」

 確認は大事だ。
 しかしどれだけ心がすりきれても、なるべく多くの人を理解したいと彼女は言う。

「そんなことで雁字搦めにされるより、ひとつのことを信じて生きた方が楽だぜ。俺にとっては契約だけどな」
「ひとりひとり、視えていることは違うので」

 それは彼女の言う通り。
 俺は納得して、通院の予約をネットで取り付けておいてやった。



 通帳アプリとにらめっこしていたらメッセージへの反応に遅れた。
 慌てて通話に切り替える。

「いやあ大したことじゃないんだ。契約金が遅れてるんだよ。おっと勘違いしないでくれ。タダ働きはつらいが不履行になるのはもっとつらい」

 金の切れ目が運の切れ目、なんてのは三流の言葉だ。
 なにがあっても契約だけは守るものだ。
 父親も自分から契約を破ったことは一度もない。それが我が家の信念になり、信用になる。

「必要なら、あんたを守るために俺は命を投げ出すぜ。そういう掟だ。でも今死んじまったら卒業までって期限が果たせないからな」

 クサい殺し文句にも聞こえるが、事実を言ってるだけ。



  ◇



 あの時は流石に肝が冷えた。
 彼女が黒いバンに連れ込まれ、走り出される。
 その車体にしがみついて俺はスマホで通報していた。使えるもんはなんでも使う。この国の警察は優秀だし。

「誘拐だ!ナンバーは……!」

 指をひっかけていた窓が閉められそうになる。千切り取られる前に屋根へ飛び移った。
 振り落とされそうになりながら記憶のナンバープレートを読み上げる。
 彼女はきっと無事だ。そう信じて俺はフロントガラスを叩き割った。


 派手にへしゃげたバンから犯人のガキどもが引きずり出されていく、4人中2人は死んだが不可抗力と許してくれるだろうか。
 彼女は無事だった。当然だ。

「大丈夫ですか」

 こんな時にも自分ではなく俺の心配をしてくれている。しかしまあ、怪我の程度を考えれば妥当かも知れない。

「言っただろう、まだ期限前だってね」

 担架にしばりつけられながら、ウインクをしてみせた。




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