"傷だらけの老傭兵"



 私を助け起こそうとする者がいた。

「元から義足だ。大丈夫」

 膝をさする手を止めて悲痛を顔に浮かべる。こうなってからよく見る表情だ。
 白い少女は離れて行こうとせず、自分が通っているという病院を教えた。

 己の身を壊すためにやっているのか。そんなことを考えながら幾度も職を変えた。
 今は工期と費用を極端に削られた工事現場で戦っている。そのような場所でなければ自分のような老人はまず採用されない。

 白い少女は同じアパートの住人だった。



 手首を手当てされた時、彼女が『女神』に見えた。
 しかしそれは痛みが作り出した妄想だと解りきっている。
 深く付き合うことは避けようと思う。

 だというのに、少女はたびたび私の部屋のドアを叩き、義肢の調子を尋ねてくる。

「独りだなんて心配じゃないですか」
「それはあなたも同じでしょう」

 八年前に腸と肝臓の一部を失った。
 死の淵に臨する度に異様なほど生への妄執が沸き上がる。あれはいったいなんだったのか。

「あなたは、私の足りない所しか、見てないんでしょうか」

 なぜそんなことを言ったのか。



 自らの手で、命を絶とうとした時もあった。
 しかし錆び付いた鍵は用を成しておらず、少女は簡単に私を助け出してしまった。

「なぜそんなことをするの」

 なぜ私のために泣いてくれるのか。

「あなたは、自分の過去も、自分の気持ちも、何も話してくれない。私のことも、聞きませんよね」

 あの少女の悲痛の表情だけが忘れられない。

「あなたこそ、私の優しい部分だけ見ている」

 引っ越すことにした。これまでの過酷さとは程遠いが、終の住処にはよい場所だった。
 その時も私はただ事実だけを彼女に話した。引っ越しを手伝うと言われたが、もとより荷物はそう多くないので断った。

 ささやかな手紙を書いて少女の部屋のポストに差し入れた。

「あなたに出会った日から、この時のために生きてきたのだと感じていた。
 何もしてあげられなかったことを許してほしい。
 いや、あなたならきっと、何をしなくても良いのだと、叱ってくれるでしょう。
 地獄のような人生だったが、最後はあなたに会えて良かった」

 まるで遺書のような内容になったので、久しぶりに鼻を鳴らして笑った。
 今日も仕事へ向かう。



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