"黒い剣士_2"
夜中、黒い服の幽霊がベルの前に立っていた。
「どうしましょう、お供えものあったほうがいいですよね」
「いや」
何も要らないと彼は言った。
「じゃあ、今日の焼き魚おいときますね。あっダメよ、ベル、幽霊さんの分なんだから」
「ベル」
「この子の名前」
黒猫を抱き上げると、しまうのがヘタな爪がチクチクと肌を刺す。
「俺はベルリクという」
幽霊さんはこの世界に長くは留まれないらしい。
成仏するまでの間、近くに居てもいいと伝えた。
◇
ベルリクさんは昼間にも見かけることがあった。
「私も死んだら、幽霊さんとずっとお話しできますかね」
「わからないが、それはやめた方がいい」
買い物帰りに話したり、自習を見てもらったり、ベル専用のクッションを洗ってる間の遊び相手になってもらったり、少し楽しみが増えた。
学校の帰り、道の真ん中で突然男性が倒れた。
私はすぐに駆け寄ったが、応急処置の仕方をショックで忘れてしまった。
なにもできず固まっていると、ベルリクさんの姿が彼に重なり、溶けて行った。
「どうやらてんかん発作のようだ。落ち着いてやればいい」
隣で私の勉強を見ていたので覚えていたのでしょう。私は深呼吸をして、出来る限りのことをやった。
救急車を見送って、私は隣のベルリクさんに聞いた。
「誰かの体を借りれたら、ベルリクさんはこの世界に留まっていられるんですか」
「それはできない」
相手を殺すことになるから。
◇
ベルが動物病院で集中治療を受けることになり、一日入院させた。
峠は越えたけれど長くは持たないという。
自室の鍵を閉めて、柵を閉じて、キャリーから出したベルを抱きしめるまで、私は泣くのを我慢していた。
◇
一か月後、ベルのせきが酷くなったから私は彼の側にいることにした。
まったく動けなくなった彼のやわらかい毛を撫でながら私は祈った。
何かが起こって突然病が治らないだろうか、そうでなければ、どうか苦しみが長く続かないように。
ベルはあくびをひとつして、それからぐっと伸びをした。
そのまま眠ってしまいそうな動きだった。
その瞬間に何かが変わってしまったような、違和感を感じた。
「ベル、じゃない……?」
ベルの中にいるのは、ベルリクさんだった。
「この者の魂は、もう行ってしまった。彼が望んだから、代わりに俺がこの体を動かしている」
起き上がって、彼はそう答えた。
「お前を悲しませるな。そう頼まれた」
「ベル……!」
私は泣いた。ひとしきり泣いて、涙をふく。
それからベルリクさんを抱き上げて立ち上がった。
「じゃあ、これからは猫のベルリクさんね」
私はいつもそうしていたように、彼専用のクッションに乗せて、おやすみのキスをした。
◇
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